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井上靖作品を

再読する時の為のメモとして。

カテゴリ分けは非常に適当です。


※タイトル横の年号は、福田宏年さんの「井上靖作品初出一覧表」を参考にしています。
 連載作品の場合は連載開始年で記入しています。
 何年にどの作品が発表されたかを検索しやすくする為に投稿月を基本的に一月に統一しているので、実際の発表月とは異なります。

2011.11.04 | | 未分類

生きる(1989)

これまでも、生きようという思いに、心を揺られたことがなかったわけではないが、いまほど素直に、自然に、生きようという想いが心に入り、小さく揺れたり、動いたりしながら、静かに心のどこかに落着いて、座を占めたことはなかった。座を占めて、そこに落着いたことはなかった。

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「石濤」新潮文庫

1989.01.31 | | 自伝風小説(老年期~)

異国の星(1983)

―――カチリ  石英の音  秋

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今、考えると、君から三行の短い詩を見せられた九月か十月の放課後のひとときは、私の生涯でも特別なものとして、輝いて見えております。

―――これなんだ?
―――詩だよ。
―――詩!?変なものだな。
―――困っちゃうな、詩もわからないんだから。この三行から何か感じないか。
―――感じない!
―――秋がうまく書けていると思わないか。
―――思わない。
―――確りしてくれよ。この三行から何か感じてくれよ。いまは秋だ。秋の澄んだ空から、澄んだ空気から石英の音が聞  えてくるだろう。
―――どうして石英の音なんか聞えて来るんだ。今は秋だが、どこからも、そんな音は聞えて来ないじゃないか。
―――困っちゃうな、お前さんという奴には。

君のやきもきしている顔が眼に見えるようです。


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香妃
セルゲイ・ボロディン
榎本武揚
ジェラル・ウッディン

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藤井寿雄

1983.06.29 | | 自伝風小説(老年期~)

本覚坊遺文(1981)

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へうげもの(1) (モーニングKC (1487))へうげもの(1) (モーニングKC (1487))
(2005/12/22)
山田 芳裕

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1981.07.24 | | 歴史(戦国~)

石濤(1981)

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「石濤」新潮文庫

1981.01.31 | | 自伝風小説(老年期~)

銀のはしご―うさぎのピロちゃん物語―(1980)

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「星よ またたけ」新潮文庫

1980.12.29 | | 童話・児童文学

ゴー・オン・ボーイ(1979)

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「石濤」新潮文庫

1979.01.31 | | 自伝風小説(老年期~)

炎(1979)

それから三年ほどになりますが、今も時折、Q・R氏の顔は私の瞼の上に載ります。工場を焼く大きい火炎が、いつも彼の顔の背景にあります。傲岸というより精悍、つめたいというより必死、そんなものを感じます。

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ジェラル・ウディン

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「石濤」新潮文庫

1979.01.31 | | 自伝風小説(老年期~)

わが文学の軌跡(1977)

井上 大陸の風土も、体験も、ものを書くようになったわたしのなかには、大きく坐っています。
篠田 どういうふうに中国のそういう…。
井上 戦争では人間の生死を司っているものは運命ですし、それから野戦という異常な環境のなかでは、人間の性格ははっきりとそのまま出ます。人のいい人間はどんな環境でも人がいいですね。人間は運命に動かされているものだとも思いますし、また人間は信頼すべきに足るものだとも。

1977.01.01 | | その他

川の畔り(1974)

ほんの僅かな一つの高処を境いに一つは沙漠の川となってアラル海に収められ、一つは大河となってインド洋に入ります。川もまた人間と同じように、己が持った運命というものには抗しようはないようですね。

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「石濤」新潮文庫

1974.01.31 | | 自伝風小説(老年期~)

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